どん底に落ちたって

 

 

もう立ち直れないような苦しみに苛まれ

死にたいような、死ぬしかないような気分になったって

 

 

自分にはなにもなくて、ただただいのちを消費してゆくことしかできないのかと悟ったって

 

 

自分が心から惹かれ愛する人には愛されないという真実を知ったって

 

 

自分は何者でもないのだということを知ったって

 

 

自分を気に入らない目障りに思うような人間も少なからず存在して

そんな人間たちとうまく折り合いをつけながら生きていかなくてはいけないことを知ったって

 

 

それでぼろぼろになって

 

 

もう嫌だって思って

 

 

死んでしまいたいって思って泣いて

 

 

でも次の日の快晴な空を見たら

 

 

ちょっとだけどうでもよくなって

 

 

もう一度生きてみようかな、なんて思う。

 

 

 

どん底に突き落とされれば、どん底の面白さがわかる。

 

 

つらく苦しいから他人の痛みもわかる。

 

 

どん底に落ちたって、またぼちぼち生きてみれば、そのうちいいことがある

 

 

それを信じて進んでいきたい

 

 

いいことなんて、本当は期待してないんだから

 

 

でも、いいことは、あったら嬉しいけどね

 

 

無ければ無いでいいからね

 

 

どん底を楽しめなんて言わない

 

 

ただ、やり過ごせばいい

 

 

そのうち嫌でも笑えるような出来事は勝手に起こるんだから

 

 

 

 

 

ショーケースの猫

 
 
約一年前に投稿し、また下書きに戻して温めた文章です。
実際にペットショップにて感じたことに基づいて書いてみました。
上手く書けているとは言えないものですが自分の感性にて感じたことをを率直に表現してみたものなので、ぜひ読んで頂けると嬉しいです。
 
 
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人間界の街の喧騒の中にある、一件のペットショップに、その猫は居た。
 
 
 
まだ生後4ヵ月であるが、もう4ヵ月である。生後6ヵ月を越えてしまうとペットショップの犬猫たちは売れ難くなっていく。結局、1歳になるまで飼い主に迎えに来てもらえることのなかった彼らの行方を、その猫は知らない。
 
 
 
相変わらず、五月蝿い。
 
 
 
若い女3人組の中の2人が、きゃぴきゃぴしながら僕の前のガラスを叩く。
 
僕は絶対に反応したりしない。媚を売って、ここから早く出してもらおうだなんて、微塵も思っていないんだから。
 
 
 
3人のうちの1人は、浮かない顔をしながらこちらをじっと見つめている。そうか、あんたも、心が渇いてるのか。
 
 
 
相変わらず、飲み水が生温い。
水道水ってのは本当に不味いな。カルキくらい抜いてくれよ。
 
 
 
相変わらず、トイレの砂が少ない。
 
 
 
相変わらず、上の階にいるミニチュアダックスフンドが走り回っていて、落ち着かない。
 
 
相変わらず、狭いな、この部屋は。加えてこの温かみのないプラスチックケースにうんざりする。
 
 
 
 
なんだかさっきから周りが騒がしいな。
 
 
 
 
ガチャっという音と共に、僕の毛並みはひんや
りとした風に吹かれた。
 
 
先程の女3人組の中の浮かない顔をしてこちらを見ていた女がそこにはいた。
 
 
 
キャリーケースの暗闇の中に閉じ込められた。
 
 
 
はあ、そうか、そういうことか。
 
 
 
もう、寂しい思いをしなくていいみたいだ。
 
 
 
僕は急に嬉しい気分になった。
 
 
 
これから僕が過ごす家はどんな家だろうか。
 
 
 
家族構成はどうだろう。
 
 
 
トイレの砂は多めに入れてくれるかな。
 
 
 
ドライフードもいいけど、たまにはウエットフードをくれるといいな。
 
 
寒い時は、人間の布団に潜り込んで寝るんだ。
 
 
 
僕は他の犬猫のように、通りすがりの人間達に媚を売ることはできなかったけど、本当は、誰かに買ってもらいたくてたまらなかったんだ。早くここから出たくて、たまらなかったんだ。
 
 
 
 
いつの間にか、僕の目からは1粒の雫がこぼれ落ちていた。
 
 
 
 

成人式に行かないということ

 

ついに、成人式ですね。

 

 

わたしも1996年生まれですが、

とりあえず、

簡潔に言うと、

 

 

成人式に行きません!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

理由は「めんどくさい」「友達がいない」「さむい」「式に価値を感じない」ですね。なのであとで振袖着て写真だけ撮らせていただきます。

 

 

いや~なんだかなぁ。自分はこんな風に大人になってしまったのですね。

 

 

親やお世話になった方々への示しをつけるという意味でも、普通は、普通はね、参加しますよね。ハタチにもなって、そんな、自分本位で考えて、感情だけで「行きたくない」って、子どもかよって。

 

 

でもね、ごめんなさい、無理なんです。

 

 

なんというか、体が拒否反応を起こします!!!!あの、修学旅行や体育祭や文化祭の時のように!!!!!!

 

 

うわあ考えただけでも具合悪くなってきましたごめんなさい……

 

 

ほかの人から見ればただの「わがまま」に見えるかも知れないし、確かにそうなんですが、自分にとって成人式に行かないということ自体が自己主張であり、ポリシーでもあったりするんです。すっごいくだらないポリシーですけど。長いものに巻かれない性格なんです……。

 

 

こんなひねくれた性格のせいで、これまで様々な苦労を経験してきました。笑

(とくに人間関係)

 

 

こんな奴のことを好き好む方がアレなんですかね、よくわからないけど、とりあえず、器用に生きる の反対の生き方でしか生きれないような人間なので色々な人の反感を買ってきたし、これからも色々なものに小さく地味に反抗し続けます。直せないんです。ひねくれていて、曲がっていて。

 

 

でも、これが自分なりの、「まっすぐ」な生き方。

 

 

なんかとってもくだらないですよね、ごめんなさい。

 

 

本当はもう少しまともな大人になってたはずなんだけどね。

 

人生、ダメでもともと

 

 

皆様、あけましておめでとうございます。

本年も、このような至らないところだらけの女子大生のブログではありますが、皆様に楽しんで頂けるような記事を書けたらなと思いますので、末永くよろしくお願い致します!

 

 

さて、最近考えていることを書かせていただきます。

 

 

最近、色々な経験や挑戦をしていく中で発見したことなのですが、やっぱり、人生はどうしても上手くいかないことが多い。

 

 

人と上手く行かなかったり、失敗ばかりで嫌になったり、自分への嫌悪感で消えてしまいたくなったり。

 

 

それで、苦しくなりました。本当に。

何をやってもダメな自分、誰からも愛されない自分、才能も何も無い自分、仕事や勉強が出来ない自分。

 

 

それで、すごい苦しかったし、死にたい気分にずっと苛まれたりしていたけれど、そんな中で頑張っていると、たまーに、稀にですよ、稀にですが、いいことがあるんです。

 

 

気になる人と楽しい会話が出来た、仕事で意外と上手く動けた、お店でサービスをして貰った、友達と楽しい話で笑い疲れた……とか。

 

 

苦しくて仕方がない中でいいことがあると、やっぱり幸せなことって、強調されてきます。それが他人から見たら大したことがない、当たり前の幸せだったりしても。

 

 

そういうことを経験し、人生全般に期待し過ぎて、そうでもない現実に嘆くようになり死にたいなんて思うより、

 

 

最初から人生に大して諦め半分で、期待なんてしないでおく。

 

 

ここでのポイントは、諦めるといっても、対価を諦めるということであり、行動を諦めることではないので仕事辞めたりはしないでくださいね。笑

 

 

ダメでもともと、と思って行動するんです。

 

 

「片思い中の人に、ダメでもともと、と思ってアプローチしてみる」

 

「仕事で、今日もたぶん上手くいかないだろうな、でもそれが当たり前。」

 

「別に今日もいつもと変わらない1日だろうな」

 

 

とかこんな具合で物事に対する期待値を少し下げてみると、

 

「あれっ、意外といいことあるな?」

 

 

なんてことに気づいたりしますし、別にいいことなんてないのがデフォルトなのですから、いいことなくても、悪いことあっても、落ち込みは少ないです。笑

 

 

こんなしょうもない考え方ですが、今がつらい方などはとくに、実践してみてください!

 

 

少し楽になりますよ

 

 

ではまた!!

 

消えてしまえたら

 

 

泡のように消えてしまいたい

 

何かに夢中になれないし

 

一生懸命になれないし

 

必死になることも出来ない

 

誰に何かを言われても

 

怒られても

 

うわの空

 

改善したくても、自分が動かない

 

このままだといけないことだって、痛いほど分かっている

 

自分が死ぬほど嫌いだ

 

自分に甘い自分を殺してしまいたい

 

もうむしろ

 

すべての自分が無になれば楽なのに

 

泡のように消えてしまえたら楽なのに

 

努力できなくても

 

必死になれなくても

 

生きていていい

 

生きている価値なんて

 

本当はないでしょ?ねぇ

 

もう、何かに執着するのは苦しいんだ

 

ずっとふわふわして浮かんでいたい

 

頑張ることがいいと思えない

 

この先の人生 生きるために

 

ずっとずっと息を殺して

 

自分を殺して

 

私だってもっともっともっと頑張りたいのに

 

限界なんて無ければいいのに

 

もっと能力があればよかったのに

 

生きるためには苦しまなくちゃいけないんだね

 

勝てない戦に何回も出ていかなければいけないんだね

 

何回も何回も負けてボロボロになっても、戦い続けなければいけないんだね

 

戦い方は、教えてもらえないんだね

 

勝つのが、あたりまえなんだね

 

そうしてしか生き残れない

 

心をボロボロにしてまで

 

悲しみに暮れてばかりで

 

生きているくらいなら

 

ずっと負けを味わわなくてはいけないくらいなら

 

もういっそ、泡のように消えてしまいたい

 

 

やる気起きないよ

 

 

何か、こう、学業に対するやる気とか、勉強に対するやる気とか、遊びに対するやる気とか、恋愛に対するやる気とか、そういうものではなくて、もっと、全体的に、人生に対するやる気が消え失せたような気がする。

 

 

別に自分は鬱病でもないし、何も楽しくないというわけでもないのだけれど、

 

 

なんとなーく、何をしても無駄なような、何をみても自分の無力感を感じて虚しくなってしまうような、そんな感じだ。

 

 

やらなければならないことはギリギリまで先延ばしにして余裕をなくして自分で自分を追い込んで苦しくなるいつものパターンだし

 

 

かといって、やるべき事を早めに終わらせようなんて行動に移すことなんてまず出来ない。体が動かない。

 

 

なにか情熱を捧げられるような夢に向かって、努力に努力を重ねることもしようとは思えないし、かといって、ただただ普通に生きるなんてつまらないとか生意気なことを思う。

 

 

何かをはじめてもすぐに飽きて続かないし、他の人の出来を見て劣等感を抱く。

 

 

なんで、世の中の人は、みんなそんなに頑張れるのだろうか。

 

 

なんで、そんなに熱くなれるのだろうか。

 

 

なんで、そんなに諦めないのだろうか。

 

 

私には、到底、無理だよ。

 

 

血の滲むような努力を続けることも、

 

 

うまく社会を渡っていくことも、

 

 

精神の安穏を保つことも、

 

 

夢を、持ち続けることも。

 

 

ネガティブだって言われても、

 

 

どうしようもできないこの性質と

 

 

いつまで付き合わなければならないのだろうか。

検索しても答えは見つからない

 

 

Google先生Yahoo!先生に聞いても、答えは見つからないんだ。

 

 

 

なんの答えかって???

 

 

 

それは、「人生」の答え。

 

 

 

いわば、哲学的なもの。

 

 

 

検索で答えが見つかるのは、はじめから答えが決まっているものだけ。

 

 

 

親子丼の作り方とか、猫の種類とか、花の名前とか、足し算の答えとか、単語の意味とか、地図とか。

 

 

 

反する、答えがはじめから無いもの、人によって答えが異なるものは、検索しても答えは見つからない。

 

 

 

それは人生における問題、

 

どんな道に進むことが正解なのか

愛とは何なのか

生きている意味とは

どんな人を選ぶと幸せになれるのか

 

 

 

総じて生き方に関するものはもう、人それぞれ。

 

 

 

 

例えば、少し、心が疲れ気味で何もやる気が起きないな~、という時。

 

 

 

深刻であれば、自分で休むことを選択することが最良である時に、

 

 

 

ネット上の、「気合い」とか「頑張りが大事」とかそういう情報を目にして、休んでたらダメだ、もっともっと頑張らなくては、と思い込んで自分を追い詰めてしまったり。

 

 

 

逆に、なんか疲れたなー。と思ってる時でもそこまで精神ダメージない時でも、「ゆったり生きるのがいいよ」「スローライフ送ろうよ」とか、そういう甘い言葉を見て、頑張ることは良い事ではないのだと思い込んでしまったら、ただの怠け者になる。

 

 

 

 

また、「音楽で食べていきたいなー。けど、上手くいくかなぁ。」と思って、ネットで色々検索すると、

 

 

 

「音楽なんかで食べていける人なんてほんのひと握りだから辞めておけ。普通サラリーマンが一番。安定一番。」みたいな情報が溢れているから、それに影響されて、

 

 

 

「あぁ、自分には無理だよな。別に才能もないし。やっぱりサラリーマンで頑張るのが正解かな。」って、ネット検索しただけで、やってみてもいない段階で、思い浮かんだ夢を諦めてしまう。

 

 

 

 

もしこの時ネットが無かったら??

 

 

 

自分でとりあえずやってみるしかないし、

それでもし失敗したとしてもその先にまた面白いことが待ち構えてるかもしれないし、

 

 

 

とにかく、自分の人生なんて、自分で生きてみないと、なんにもわからないし、ましてや最善策なんて、検索しても見つかるわけない。

 

 

 

 

自分の人生、自分で切り開けなくなってしまった人が、どれだけいるのだろうか。

 

 

 

 

今、ネット社会を生きる私達は、「検索しても答えは見つからない」ことをちょっとだけ意識して、検索するより、Siriに話しかけるより先に、画面の中ではなく、リアルな世界で、アクションを起こしていくべきなのではないだろうか。