女子大生が生死について考える


生きるって何だろう
死ぬって何だろう

きっと私たち生きているうちは、死ぬということがどんな事なのかなんて分からない

一般的には死んだら無になる、と言われているけれど、それはどうだろうか。誰か一回死んでから生き返った人がいるのだろうか。そんな人はいない。だからもしかしたら、本当に天国と地獄といった死後の世界が存在する可能性だって、あるだろう。


よく、生きている人間は、「死にたい」という言葉を口にする。
その言葉を本気で口にしている人も居れば、そうでない人もいるが、人間がこの言葉を発する時は、死後の世界なんてよく分からないけどとりあえず今生きることが面倒あるいは辛くて仕方がない、そういう感情が原因なんだろう。


生きるって辛いと思う。
いずれ人間皆死ぬって分かっていながらも、目の前の生活の為に、嫌なこと辛いことがあっても、必死に耐え我慢する。

耐えて我慢した対価がお金であるのか。

耐えて我慢しなければ維持されない生というものを、捨ててしまいたいっていうのが死にたいということか。


もちろん生きていれば良いこともあるし、楽しいこともあるから、それで気持ちを生に持っていけばいいのだが、人間の心はそんなに単純ではない。

死にたいと思うことは個人的には悪いことだとは思わない、だがしかし、本当に自ら死んでしまうことは絶対的に悪だと思う。

死ぬくらいだったらとりあえず呼吸をしていればいいし、好きなだけ布団に入って夢の世界に行けばいい。

そうしてまた朝が来て、しょうがないから憂鬱な気持ちで布団を出て、胃を痛めながら満員電車に乗り込み反対側方面の乗客達に少し嫉妬して、なんとか職場や学校に辿り着くと好きでも嫌いでもないいつもの顔ぶれを見て、なんだか少しだけほっとして、無心で仕事や勉強に手をつける。そういう中で、いいことっていうのはたまにやってくる。いいことがあると、あ、なんだ、私まだ死にたくないじゃんとか思う。


死にたいって思ったら、もう、流れに任せて適当に生きることを考えるべきだ。
流れに任せることができない主義は、すぐに生きるのが辛くて死にたくなる。


死にたいって思ったら、スーパーマーケットに行ってみてほしい。
レジ打ってるおばちゃんも、鮮魚売り場のおじさんも、若い主婦も、まるでロボットのようにそれぞれの日常をこなしている。しかしそのお面の裏の顔は、あなたと同じで、たまに死にたいとか思いつつも、なんとか日々をこなしている。
あとは好きなフルーツや野菜あと、鬱にいいとされる肉類でも買って出てくればいい。
無駄にお菓子とか酒とか買うのはだめだ。体と心は繋がっているんだから。

死にたくてスーパーマーケットに行く余裕もなかったら、布団に潜り込んで、いつまででも寝ればいい。線路に潜り込むより、損害賠償請求来ないし、数倍温かくていい気分になれる。



人間皆、今日も頑張っています。